2024年4月4日木曜日

花の宴の思い出

274 ねんどろいど 桜ミク
274 Nendoroid Sakura Miku

東京のソメイヨシノはこの週末くらいが満開だろうか。


先日,ラジオからオーケストラで奏でる《荒城の月》が流れていた。

瀧廉太郎が《荒城の月》のモデルにした大分県竹田市の岡城跡には何度か行ったことがある。
今となっては整備された城跡で「荒城」という感じではないが,
瀧廉太郎の像など建っているので,それを見てここが花の宴の舞台なのだなぁと思ったものだ。

そして,《荒城の月》とセットで必ず思い出す記憶が甦る。
中学生の時。英文の手紙。

当時,中学2年生になると,学校斡旋で海外の学生と文通をすることが勧められた。
強制ではなかったが,申込用紙が配られると1/3くらいの生徒が申し込んだ。
その頃の私は英語が得意だったし,きっと何とかなると思って申し込んだものだ。
英語母国語の人だと大変かもと思って,西ドイツの同年の少女を希望した。

やがて紹介された子と文通が始まった。
リューベックに住む少女で,写真を交換したが,とても美人だった。

母国語ではないといってもドイツ人の英語学習は,
おそらく日本人の英語学習より遙かに楽なのだろう。
彼女の手紙は頻繁だった。
困ったことに筆記体の文字がとても読みにくく,文字を判読するだけで大仕事。
そのあと辞書と首っ引きで訳し,今度は英語で返事を書くのだから大変。
数回の手紙のやりとりで,私はすっかり疲弊していた。

そこへ追い打ちのようにやってきた手紙に書いてあったのだ。
ある日本人のコンサートで《荒城の月》を聞いて大変感動した。
英訳して歌詞の意味を教えてほしいと。

絶句!とはこのこと。
英訳ができなかったのではない。それ以前の問題だった。
《荒城の月》の歌詞の意味が,私にはわからなかったのだ!
「はるこうろうのはなのえん」?
「ちよのまつがえわけいでし」??
「あきじんえいのしものいろ」???

お手上げだった。そして私は返事を出せなかった。
今思えば「古い日本語で今の私には分からない」とでも書けばよかったのに。


それからもう半世紀も経ってしまったが,
桜を見れば《荒城の月》を思いだし,書けなかった手紙のことを思い出す。
彼女は元気にしているだろうか。ごめんなさい。

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