2026年2月22日日曜日

裁縫道具用巾着

巾着から顔を出す麗菜ちゃん。

昨年10月に裁縫箱と針刺しを紹介した。


その時,両親が通う教会のおばあさんが作って下さった巾着型裁縫箱のことを書いた。
非常に重宝しているが撮らなかったのでまた今度,そう書いた。
気になってはいたのだが,普段からよく使っているのでごちゃごちゃ色々入っている。
中の物を全部出して撮るのは正直面倒。

でも中身を全部出せば整理できるよね…。


中にはだいたいこんな感じの道具が入っている。
糸はその時使っているもの。
キキとララの巻き尺は中学生の時に買ったもの。
ほつれ止め液はよく使う。針通しは老眼には必須!
しょっちゅう失敗するから目打ちも必須。
磁石は針を落としたとき用に小学生の頃から裁縫箱に入れている(もう磁力が弱く使い物にならぬ)。
金属製の指ぬきも同じく小学生の頃からの愛用品。


赤いヘラも,やはり小学生の時から使っているもの。
今となってはもうヘラなど使わないが,オマモリ代わりだろうか。
裁縫箱にどうしても入れておかなければならない物になっている。

和裁をしていた祖母がヘラを使っているのが羨ましくて欲しがっていたら,買ってきてくれたのだ。
学校の家庭科で裁縫箱を買う前だったから,四年生の時だったと思う。
たぶん,小学生だった私のために赤くて可愛いのを探してきてくれたのだと思う。
桃割れに前櫛の女の子と菊の花の浮き出し模様があってレトロで素敵。
「ミササ印」の文字が入っている。
そういえば,ヘラと同じように洋裁で使うピンキング鋏にも随分と憧れたものだ。
とうとう母がピンキング鋏を買ってきた時は嬉々として使ってみた。
ピンキング鋏はゴツくて重くて使うのが少々大変だった。
最近は,ほつれ止め液を使っちゃうのでピンキング鋏,あっても使わないだろうなぁ。



ところで,この小さな針刺しも,この巾着を作ったおばあさんの作品。
彼女とはたった一度実家で偶然お会いしただけなのに,
私のことを覚えていて,こんな小物を作って母経由で渡して下さった。

巾着は裁縫道具用に作られているので,針刺しと一体型になっている。
ちょっとどこかへ持って行く時なら,ここに必要なだけの針を刺せば良いのだ。
とてもよく考えられていると思う。


おまけ写真。
こちらは糸入れに使っているポーチ。
現在使っている糸だけが巾着に移動,残りはここに入っている。


ねんどろいどどーる, Nendoroid doll

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2026年2月21日土曜日

朝の一枚(2026-01-21〜01-31)

毎朝その辺にいる子をスマホで撮るシリーズ,1月下旬編。
東京(千代田区の北の丸公園)では21日〜31日の11日間のうち,
氷点下になった日(冬日)が5日もあった。
東京の気候は非常にマイルドで,氷点下なんて気温は一冬に数回しか見ない。
たった11日間で5日の冬日というのはとても珍しい。
久しぶりに冬らしい寒さを感じてちょっと嬉しかった。


ハンドメイドのオカメたち(2026-01-21)


何やらわたわたしているかぐや様(2026-01-22)
1288 ねんどろいど 四宮かぐや 『かぐや様は告らせたい ~天才たちの恋愛頭脳戦~』


雪ミクさんを出した(2026-01-23)
303 ねんどろいど 雪ミク いちご白無垢Ver.


ハルキゲニアとインコ(2026-01-24)
意味不明なペアを組まされて二人とも困っている?
この頃『古生物たちのふしぎな世界 繁栄と絶滅の古生代3億年史』を読んでいたので思わず。


ご機嫌お嬢様(2026-01-25)
プラフィア お嬢様ずんだもん


ラバーダックたち(2026-01-26)


あいかさんとさるぼぼ(2026-01-27)
このあいかさんは大人なのでビールもワインも飲むのです。


恵さん(2026-01-28)
久しぶりに着替えてみたけど似合ってない。着せ替えムズい。


眼鏡ミッフィーとホシハジロ(2026-01-29)


ライリさん(2026-01-30)


文鳥と秋田限定きりたんぽくまモン(2026-01-31)
文鳥さん,めっちゃきりたんぽ欲しそう。


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2026年2月20日金曜日

物申すのは何のため

いつかのサイゼリヤ。
困ったらサイゼリヤ。
どこでもサイゼリヤ。


そしてサイゼリヤとは全く関係ないことをぐだぐだ書く。
選挙の前とかよく思うが,どうしてSNSで物申さねば気が済まない人が多いのだろう。

こういう場合,どうしても主に自分とは異なる意見の書き込みが目に付いてしまう。
感情とか主観的感想ばかりに見えて,私がそれらを読んで意見を変えることはない。

だが,書いている方は誰かの意見を変えようと思ってSNSに書いているのだろうか?
自分の意見や感情を開示することによって得られるものは何だろう。

政治的意見にしろ,倫理的社会的行動に関する意見にしろ,
多少なりとも労力を使ってわざわざSNSで発信する理由があると思う。
確信的だろうが無意識だろうが,何の期待も意味もない筈はないだろうと思う。

自分は一人ではないという安心感。
自分は多数派であるという安心感。
自分は逆の意見を持つ人より考えていて賢いという誇示。
誰かが認めてくれたら嬉しいという期待。

色々考えられて,自分も何か物申す時ってそうなのだろうかと自問する。
そうすると,わざわざ発信するのは恥ずかしいことのような気がしてしまう。
SNSで発信するって何なのだろう。

figma Yuno ゆの

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