2026年3月9日月曜日

東京ヤミ市模型@豊島区郷土資料館

豊島区郷土資料館は無料で見学できる豊島区のミニミニ博物館みたいな場所。
たまたま気が向いて訪れたところ,常設展に心躍るジオラマ模型があった。


池袋東口ヤミ市(森田組東口マーケット)。
「森田組」っていうのは的屋系組織の名前らしい。

東京で最初にできた池袋駅東口のヤミ市をモデルとした模型で,
このヤミ市にあった281軒の店のうち南側部分の103軒を,
1947年(昭和22年)夏を想定し,1/20で再現している。


1軒1軒の店の中や看板や電柱。
そして人の服装や持ち物,動作や表情までもがとてもリアルだ。



店の前には植木やプランターがあったり,玩具が下がっていたり,
子供連れがいたり,米兵と思わしき人がいたり,
肉体労働者と思われる人や主婦,旅行者のような青年の姿もある。

建物の影にひっそりと置かれたゴミ箱。
同じ形態の物が,私の幼少時代には未だ各家庭の裏口横などに置いてあった。

木枠格子の磨り硝子の窓。
テープで割れた硝子を補強している窓もある。



「ヤミ市」という裏ぐらい名前とはほど遠く,
逞しい人々の活気ある日常風景が繰り広げられているように見える。

そもそもよく聞く「ヤミ市」とは,どんな場所だったのか。
そして,いったいどう「闇」だったのか。


東京の戦後闇市について調べると,
深刻な物資不足から,1945年の終戦直後に駅前などに自然発生した
食料や生活用品などの非合法な市場であると説明されている。

横流し品や隠匿物資,買い出し品などが,公定価格を無視した闇価格で売られていた。
米・酒・芋・煙草・鍋・靴・衣料品などなど,あらゆる物資が取引され,
闇価格であろうと人々は生きるためにここで買い物をした。

新宿・渋谷・上野・池袋などで大規模に形成され,
多くは現在の繁華街や商店街のルーツとなっている。
新宿の思い出横丁,上野のアメ横,吉祥寺ハモニカ横丁などが代表例だそうだ。


苦しい時代を逞しく生きる人々が集う場所だったのだろう。
この模型を見ながらそう思った。

郷土資料館|豊島区公式ホームページ


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