2025年4月19日土曜日

小学六年生の春に

創彩少女庭園 小鳥遊 暦
SOUSAI SHOJO TEIEN Koyomi Takanashi


小学校6年生の春休みだった。
伯母が嬉しそうにこの本を渡してくれた。
「ゆきちゃんにと思って買っておいたよ」と。

伯母は読書家だったし,星にも詳しかった。
よく縫い物をしながら覚えている物語を語ってくれた。
源平合戦だの耳なし芳一だのが彼女の得意な物語。
幼かった私は面白がって何度もお話をせがんだものだった。

でも,彼女が私に何かを贈ってくれたのは,後にも先にもこの時だけ。
そして唯一の彼女からの贈り物は,今も私の手元であの春の日を思い出させてくれる。
何を思って,彼女はわざわざこの本を私に買ってくれたのだろう。


私は小学校4年生の時には日本から見える星座を全部覚えていたし,
星の名前も明るいものならだいたい覚えていた。
でも,この本は難しかった!
せっかく伯母からもらったのだからと必死で読んだが,頭に入ってこなかった。

以降「宮沢賢治は難しい」という固定概念のもと,読み返すこともなく50年が過ぎ去った。
だがこの本は数々の引っ越しを乗り越えて手元に残り続けている。
読み返す気力も無いくせに,手放すことはできなかった。

長い間遠目に眺めてきた背表紙。
とうとう今年,再び紐解くことを決めた。


流石に小学校6年生の頃に比べると私の教養も深まっているが,
今再び読んで,それでもやはり難しい本だと思った。
炎色反応も知らず鉱物の知識もない小学生に,
『銀河鉄道の夜』も『ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記』も厳しかっただろう。
ネットですぐに民話や方言を調べられる時代でもなかったのに『風の又三郎』は理解不能では?
当時の鉄道の知識が皆無では『シグナルとシグナレス』も「ふーん?」で終わるよね。
そもそも欠落箇所があり未完成だったりするし,旧式の仮名遣いが難しい。
巻末に長々と載せられた「校異」の意味も,当時はわからなかった。
世の中に宮沢賢治のファンは沢山いるけれど,みんなすごいな??

何度も読んで,他の作品も色々読んで,
宮沢賢治を通して新しい世界を探求してみようと思う。


銀河鉄道の夜,風の又三郎,ポラーノの広場 ほか3編 (講談社文庫)  – かわゆら

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