私の目は右目と左目で近視と遠視,加えて乱視と老眼も入って目茶苦茶だ。
幼い頃からなので私の脳は自分の目の特徴をよく知って制御している。
近くを見るときは近視の目,遠くの目は遠視の目が見てくれる。
よくは見えないけれど,補助器具を使わなくとも何とかなる程度には世界が見える。
だが,最近本を読むときにやたら目が疲れる。
読書専用の眼鏡を作ってみることにしたのだった。
そして,本当に驚くほど良く見えるようになって,びっくり!
今までどんなに見えない世界にいたのかよくわかった。
20cm〜30cmの範囲しか見えない眼鏡なので,読まないときは外さねばならない。
つけたり外したりが面倒だが,その面倒さを乗り越えるだけの視界が得られる。
読書用眼鏡をいくつも作って,あちこちに置いたり入れたりしておきたくなった。
小林秀雄の『モオツァルト・無常という事』に,ここ4カ月くらい取り組んでいた。
この本は高校生の時に図書館で借りて読んで,手も足も出ずに返却した記憶がある。
沢山の経験を積んだ今の年齢なら,何とかならないかと思って取りかかったのだった。
いやはや難しすぎる。
高校生の私が手も足も出なくて当然だった。
高校生でこれを読んでいる人達の教養には尊敬しかない。
17歳の頃より今の私の方が教養があるつもりだったが,一から十まで調べながらでないと読めない。
調べることが多すぎてわけが分からなくなるし,少なくとも5回は読まないと主題も掴めない。
いや私に読解力がなくて無教養なのはその通りけれど,それにしても難解過ぎと思う。
昨日ようやく最後まで読み,読書に伴い調べたことや所感などをブログまとめている最中だ。
こうして何ヶ月も一人の思想家と対話し続けると,
思考の中に大きな足跡が刻まれ自分の骨肉になっていくような気がする。
沢山の本を読むことで得られるものもあるけれど,1冊をじっくり読めば異なるものが得られる。
創彩少女庭園 小鳥遊 暦
SOUSAI SHOJO TEIEN Koyomi Takanashi
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