2010年5月14日金曜日

[えっくす☆きゅーと] 左手にドール 右手にカメラ

つつじまつりが終わった根津神社の境内。
平常に戻っても観光客が多いのですが,まぁ気にせず実験。

一人で三脚も使わず気軽にドール撮影って可能だろうか?

さすがにちょっと恥ずかしい。



被写界深度を深くするため絞り優先に,
片手でぶれやすいので感度を高めにしてシャッタースピードを速く,
露出補正してドールの顔を明るく。


意外と何とかなるようだ。
でも,カメラが重くて手がつりそうになりました。
腱鞘炎になりそうなので要注意です。


10 件のコメント:

レイストリン さんのコメント...

臨場感あっていいですねー。
屋外での撮影、私もやりたいけど根性ナシなのでなかなかできません。
「わたるくん」だったら抵抗ないかも知れないですが
「わたるくん」持ってないし・・・。

すけ さんのコメント...

私は外で人形の写真を撮ろうと思った事はないんですが、人様の人形屋外撮影写真を見るとなかなか難しいもんだなぁと時々思います。

といっても、撮影条件やテクニックの問題ではなくて、写真の雰囲気と言うか世界観に関してなんですが。

花や草木と一緒に撮ったものや自然の風景をバックにしている時などは、ちゃんとそれらと人形がマッチしていて、一つの世界観として絵的に出来上がっている感じがするんですが、街や人中で撮ったものだとどうしても「人形が置いてある写真」に見えてしまう気がするんです。
あ、でも、人形を入れての記念写真という目的の場合はそれで全然OKなのか。

小岩井みるく さんのコメント...

すごいですね野外っ!!
(>▽<)b

リアン可愛い~♪

うちは、のんびり撮影しちゃうので
お外は無理そうw

Snow さんのコメント...

>レイストリンさん
私はよくベランダで撮影していますが
屋外だと違った開放感がありますよね。
でもやっぱ恥ずかしいですねー。
「痛いヤツ」と思われてるだろうなぁとか思いつつ,一度決心するとそのあとは開き直って撮れました。
「わたるくん」だと想像して試してみられては?(無理か(^^;!)

Snow さんのコメント...

>すけさん
「人形が置いてある写真に見える」という意味では,私は自然背景でもそんな感じに見える写真と見えない写真があるように思います。
人工物にしても自然な風景にしても,所詮人形は小さい,だから,葉っぱが大きく写っていたりすると,「そこに置いてある」みたいな感じ。
「置いてある」写真が撮りたい場合もあるし(今回の私の写真も1枚は完全にそれです),別にそういう写真が悪いとは思わないのですが,そんな風に見えないように,人形が自然に溶け込んだ世界に見えるように撮ろうと思ったら,やっぱりテクニックが要る気がします。

私の写真も素人考えなのでもっと良い撮り方がありそうなものですが,とにかく人形と背景の大きさが不自然にならないように。
そのためにはできるだけ望遠側で撮って,背景の大きさを人形の顔の大きさに合わせる。
人間を撮る時も離れたところから望遠で撮ればこんな感じに撮れますからね。
でも人間と違って人形は小さいので,背景と人形の距離は人間を撮るときより遙かに開いてしまう。そのため背景がぼけすぎて全く見えなくなるとつまらないので,人間を撮るときより絞り込んで被写界深度をかせぐ。

この写真を取りながら,
人形も三脚で固定して,人間を撮る時なら顔がどのあたりに来てどんな大きさにになるか,背景はどの程度写り込むかを計算して設定すれば自然な雰囲気の写真が撮れそうだと思ったのですが,
さすがに観光客がわんさかいる神社の境内で,人形を乗せた三脚を立てて写真撮影する勇気はありませんでしたー。

Snow さんのコメント...

>小岩井みるくさん
お外に連れて行くのはそれなりに面倒ですよねー。
うちは家の中にまともなライトが無いので,いつもベランダ撮影ですが,本格的に野外に連れて行くことは滅多にありません。
でも意外に撮れて満足満足♪
リアンがあまりに可愛いので沢山撮りすぎて選ぶのに苦労しました。いや,ほんと,リアンは可愛いですっ。
いつまでも制服のままですが(^^;。

まりぞう さんのコメント...

わー、すごい、神社にお参りに来てるみたい!
私は小さなカメラで撮ってるので重みとか気になりませんが、本格的なカメラだと大変そうですね・・・
逆に本格的なカメラだと「私、カメラとお人形が趣味で撮ってますけど、なにか?」みたいなオーラを出して撮れそうな気がしますけど、やっぱり恥ずかしいものは恥ずかしいかも・・・
みんなで屋外写真大会とかしたら恥ずかしくないかもしれませんね。
いつか上京することがあったらお願いいたします←勝手に(^^;

Snow さんのコメント...

>まりぞうさん
お参りに来てるみたいに見えますか?
嬉しいです~。
この写真は一眼レフに大きなズームレンズをつけて撮っているので,重くて重くて。
これでは腕の筋肉がもたないので,今度コンデジで試してみましょう。

確かにね,三脚とカメラバッグなど持って「撮影!」って雰囲気を演出すれば,開き直れて恥ずかしさ半減というのはあるかもです。

お人形ではないんですが,三脚にカメラバッグ,デジイチ2台抱えて繁華街でクリスマスのイルミネーション撮影をやっていたら,「何かのお仕事?」ってな感じで見られて恥ずかしくなかったです。
一人より複数人いた方が人の視線も分散されて恥ずかしくないというのもありますよねー。単純に,お人形を持ってもらったりできて楽そう!

すけ さんのコメント...

>葉っぱが大きく写っていたり
>人形と背景の大きさが不自然にならないように

ああ、なるほど、そういう方向に気になったり気を使ったりするのですね。
そこを考慮して工夫しながら写真を撮るのも難しそうですね。

ただ私が感じる「置いてある感」はそういったスケール的な問題とは違うんですよー。
私にとって人形というのはファンタジーなので、葉っぱが大きかったりするのは全然OKなんです。
むしろ現実感がない方が、人形を主役とした世界観としては自然に思えたりしますし。

私にとって自然背景と街中背景の写真とでは何が違うかと言うと、たぶん「人の気配」なんだと思います。
自然背景の時は単純に写っているものだけを絵として見れるんですが、街中背景だとついつい「人形の置き方工夫してんだろうなぁ」とか「周りに結構人いそうだなぁ」とか、撮ってる人の努力や周囲の状況なんかに気がいっちゃうんですよ(^^;)
えっと、言い換えると、「絵」だけを見た場合と「絵とそれを描いてる人と作業部屋」を見た時の違いみたいな?(ますます解かりにくいか…)

私は街中背景にはそういう余計な現実感を勝手に想像してしまうことがあるので、それが私のとっての「置いてある感」になってしまうんだと思います。
(自然背景だと、人は居ないものと私の脳は思い込むらしい)

いや、ほんと、あくまでも私個人の感覚なので、写真の良い悪いとかテクニックとかとは全然関係なくて…、なんかしょーもない話ですみません。

Snow さんのコメント...

>すけさん
あー何となく言わんとすることがわかったような。私とは全く反対方向の追求といいますか?
写真の背景に,撮っている人の苦労とか現実の世界とかが想像で見えてしまうってことですね? 特に人工物があればあるほど。
視点が変わればそういう風に見えるというのもわかります。気にするところや脳を刺激するものが人によって違うんですよね。

私はお人形はメルヘンだからこそ,現実の葉っぱの大きさなんかが分かるところにいて欲しくないんですよー。
如何にも作り物といったものでいいから,現実のものじゃなくて,ミニチュアの小さいものだけの世界にいて欲しいというのかな?自分でもよくわかりませんが。
でも,そういう物もってないし,作る能力も無いし,仕方がないので人間の世界に人形を連れ出して,現実の背景を借りて,人間を人形に置き換えて,ドール世界であるかの如く拝借するためあれこれ考えるわけです。

多分私はそれらしく見える撮影テクニックの開発みたいなのが好きなのかも。
でも大抵はあまり気にせずに,ベランダの葉っぱを背景に,思いっきり葉っぱの大きさが分かるように撮っていますけどねー。色々考えて撮るのはめんどいですから(^^;。